私塾主宰40年 ・ 田中保成の雑記録

主に受験・教育・社会について、長年の経験を踏まえて、語ります。

数学がわからなくなりました・・・・。 大丈夫!

 前回は「暗記する」とはどういうことか、何が大切かについてお話ししましたが、今回は「考える」ということについて少しお話ししましょう。

 そもそも「考える」ということがどんな知的作業なのかを教わっていない人がいるようです。そのような人は「考えなさい」と言われても戸惑うだけです。また、直面した問題を解決しようと「考えよう」としても堂々巡りの迷いの世界に導かれる結果となります。

 「考える」第一段階は、比べて違いを見つけることです。そして次の段階は、その違いがなぜ生じたのかを推測することです。その推測する根拠は経験によって蓄積した道理であったり、学ぶことによって身につけた理屈であったりするわけです。ですから、経験もせず学びもしていない事柄については「考える」ことはできないはずです。

 ということは、「考える」前提として道理や理屈がわかっていなければならないということになります。例えば数学や物理でいえば、公式として表現されている理屈の思考過程を理解しておかなければ「考える」段階ではないということになります。

 ですから「数学がわからなくなりたした」ということは、考える道具である公式を理解もせず使おうとしている現象だということができるのです。このような人はもう一度教科書で公式が導かれるまでの思考過程を省略することなく納得するところからやりなおすことが必要でしょう。

 更に難易度の高い入試問題を「考える」ためには公式で表現される理屈を理解しているだけでなく、複雑な思考過程をたどらなければならない問題を理解し知識として定着させておかなければ対応できません。この部分だけに焦点を当てて「数学は暗記だ」という表現をする人がいますが、それは事の本質ではなく誤解を招く表現といえるでしょう。どんな複雑な問題でも式の変化を見つけその変化が等しくなる理屈を納得していく、つまり「考える」思考作業が必要なのです。その過程を最初から暗記する人はその問題と類似問題までは対応できますが、複合問題は対応できないはずです。

 ですから、私は小学生に対しても質問は「教えてください」ではなく「相談があります」と言うように指導しています。なぜなら「教えてください」と言った瞬間に考えることを止め、その説明を知識とし暗記することになるからです。これでは思考力はアップしません。それに対し「相談があります」と言う場合は自らが主体であり自分で考えることも継続します。この状態であれば、ヒントを与えることもできますし、答えだけを教えて、「この答えになるにはどのように考えればよいかな」と思考過程をさかのぼらせる逆思考鍛錬法を採用することもできます。

 すでに「考える」前に「理解する」段階があるということにお気づきだと思います。次回はこの「理解する」ということについてお話しましょう。